MODERN FOLK
2002
2002年11月10日(sun)
すみだリバーサイドホール
開演 13:30 〜 18:00●コンサートがよく似合う男
地下鉄「本所吾妻橋」に降りてとことこと階段
を昇って地上へ出ると、らしき50才代半ばって
感じの男性が私たち目がけてスッと寄って来た。
どこかで会ったようなないような気がするが、
誰なのかわからない。何一つ目新しいものは着
てないのに、カジュアルな彼の雰囲気は周りを
行き交う人々とは明らかに違っている。私もカ
ミさんもきょとんとしているうちに「コンサー
トに行きますよね」と声をかけられた。ドキッ。
どうやら道に迷ってしまい降りた駅に戻ってき
たら、らしき同年代の私を見つけて声をかけた
という。らしきとは、この場合コンサートへ行
くと見当をつけられる雰囲気を持った人という
ことだ。まわりくどい言い方だが、彼は私を見
てコンサートへ行く人だと判断したらしい。私
も寄って来る彼を見つけてコンサートへ行くら
しい人だと直感した。日曜日のお昼過ぎ、知ら
ない人どうしが以心伝心磁石みたいに引付けあ
うなんて気持ち悪いけど、不思議なことだ。
私などは10代半ばからラジオで音楽に馴染んで
いった。5球スーパーってやつだ。一時的にバイ
クや車に夢中になったときもあったが、結局ギ
ターを手にしてからは音楽一直線って感じでフ
ォーク、オールドタイム、ブルーグラスを見た
り聞いたり弾いたりと、一通りのことをやりな
がら40年近く文字通り音楽の中に漬かってきた。
いつ頃から自分に「コンサートに行きそうな人」
を見分けられるサムシングパワーが身に付いた
のか分からないが、今日のような場面が再びあ
ったとき、この何かは自分にとって大きなアド
バンテージになる。まあ、長い音楽人生このく
らいのことは誰でもは身に付くのだろうけど。
「以前どこかで会いましたか」と道々私が聞く
と、たぶん会ってないよという返事だった。
●ジャムしたい。
お願いだからジャムに誘って
MODERN FOLK 2002コンサートは、墨田区営
のリバーサイドホールで毎年秋に開かれている。
今年はきりのいい10回目だと、入口でもらった
パンフレットが教えてくれた。開場が午後1時
とあって、明るいドピーカンの青空からいきな
りホールに入った。2枚のぶ厚いドアを押して
座席を見渡しても、中の暗さに目がついていか
ないのでいささかとまどった。昼間のインドア
コンサートに我が脳細胞の働きもにぶい。
開演まで10分、およそ400席はすでにフルに埋
まってる。ここは座席がユニークで、平らなフ
リースペースの両サイドには4人掛けのテーブ
ルがずらっと並べられ、飲食しながら見て楽し
むというサロンのような雰囲気が超カワイー。
スタッフに聞けば、真っ先に埋まる人気だって。
座席の後方にはビールなどドリンクやサンドイ
ッチの販売コーナーが設置され、大人気だった。
お断りするがホールのロビーではなく、席のあ
るインサイドにドリンクコーナーがあるのだ。
こういうのって常識を破る大胆さだろう。
後方のPAコントローラーの前で長老格の人気
BGバンド、ウェファのメンバー近藤俊策に出
会った。ウェファとはウェイ・フェアリング・
ストレンジャースの略。さっき親分(武田温志
さん)を見たよ。今日は出るの?と聞けば「ウ
ェファは出ない。あとでオレだけキングサイズ
・トリオでマンドリンをちょっとだけ」と細い
目を余計に細くして微笑んだ。近ごろはバリバ
リ弾いてるのかというと「もっと刺激が欲しい。
遊ぶときはぜったい誘って!」
●PPMの風に吹かれてを聞いてブッとんだ
13:30分開演。
トップは10人くらいの男女が横一線に並んで元
気のいいコーラスを聞かせてくれた「シングア
ウト・シンガーズ」。モダンフォーク華やかな
60年代に大所帯バンドといえばニュークリステ
ィー・ミンストレルス。バリー・マクガイアの
ダミ声をフィーチュアして大ヒットとなった『
グリーングリーン』なんてとても懐かしい。
このバンドは人数こそだいぶ少ないが、その日
本人版である。結成して1年、ようやくバラン
スがよくなったという。
楽屋に廻ると次に出番を待つPP&M
アゲインが
次の出番をまってスタンバイしていた。文字通
りピーター・ポール&マリ−にいれ込んで、ン
10年歌い続けている豪のバンド。カメラを向け
ると「いま一人足りないので、ちょっと待って」
と、さりげなく仲間を待った。やはり長いバン
ド経験を彷佛させるチームワークを感じる。ス
テージでは渋く枯れた懐かしいPPMのナンバー
を聞かせてくれた。PPMのコピーを長い間一筋
にやって来た音は、すでに自分たちの空間で独
特の味わいと安定感がある。
PPMといえば、私がPPMを聞いてはじめてジワ
ッときたのは、大ヒットした『風に吹かれて』
だった。いま当時の記憶が定かでなくて何年頃
か思い出せないが、ある日の夕方、家に帰るた
め池袋の西口の階段を上がって出たら、真向か
いにあった「のとや食堂」のラッパ型拡声器か
らこの曲が流れて、終わるまでただシビレて聞
いていた。夕方の雑踏の中にあって、鮮やかな
PPMの歌が、曲の美しさが身体に染み込む感じ
で直に伝わってきた。しばらく動けなかったよ
うな記憶がある。自分ではディランを聞いて悦
に入っていたが、こんな風に吹かれてもあった
んだと驚き、いきがっていた世間知らずな自分
を、何か大きな手でギュッとつぶされたような
感覚を覚えている。
●ノーベル賞田中さんは飲み友だちだ
渋谷のそばに池尻大橋という駅があって、その
近くに「チャド」ってお店がある。平たくいえ
ばまるでスナックだが、実は小さなPAを備えた
ライブハウスで、近ごろは毎日バンドのパフォ
ーマンスがかかってかなり充実している。レコ
ーディング・アーティストもプライベートで演
奏したり、ブルーグラスやカントリーの好きな
音楽ファンも集まる店として狭く知られている。
マスター本田さんのやさしい人柄と、身体を絞
るように歌うアメリカンソングにもお客さんが
集まっている。
そこの常連客が集まり、新しくスタートさせた
バンドが3番目に登場した『ハッピー・トレイ
ル』。カントリーソングをアコースティックで
アレンジし、ハッピーに演奏するのがバンドカ
ラーだという。黒とダイダイ色のカントリーシ
ャツが眩しくステージに映えてカッコよく、モ
ダンフォーク・バンド達の中では異色の存在だ
った。ボーカルの紅一点、ナオちゃんも声がよ
く伸びて張りがあった。スタート間もないバン
ドにありがちな上ずったところもなかったが、
バンドの音はもう少し大きくてよかった。
リーダーの岩瀬は、いまをときめくノーベル賞
の田中さんと「飲み友だち」だ。まったく目立
たない男がいきなりだもんね、と半ばあきれ顔
で田中さんの感じを話してくれたが、もちろん
受賞の知らせを聞いたときは、ヘーッと絶句し
てあとの言葉が出て来なかったという。
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