第4回 この頃のブルーグラス・フェスティバル  

 

CHIBA OLD TIME &
BLUEGRASS FESTIVAL

今年も夏は暑かった。
汗が出て止まらず、このまま身体が干涸びる
のではないかと、マジで心配するほど暑い夜
もあった。
千葉フェスのあった7月の26・27・28(金・
土・日)も「もう勘弁してください」的に暑
かった。
私は27日のお昼近くに着いて、早速キャンプ
の支度にとりかかったが、地面からもやもや
と沸き立つ熱気のせいで、タープを張っただ
けなのにへたり込んでしまった。
それでも千葉フェスのスタッフは、暑いなど
眼中にないような明るい態度で、次から次と
入場して来るお客さまの案内に忙しく働いて
いた。
ステージの前は観客席になっているのは当然
として、ここはその後ろがテント村になって
いる。テントやタープのカラフルな色が、緑
の樹木や草に映えて美しい。柔らかい風が吹
いて、緑がゆれた。セミの合唱、夏まっ盛り。
●いやされる緑の田園風景
会場内の通路とステージに挟まれる形で、ブ
ルーグラス専門ショップ『オンザボーダー』
が開店していた。10分ほど品物を眺め、グリ
スマンとガルシアのビデオ、GRATEFUL DA-
WGを買った。
そのオンザボーダーの前を妙齢の女性が、タ
オルで髪をふきながら通った。シャワーを浴
びたらしく、あたりにいいにおいをふりまき
ながら歩く。ウーン、シャワー設備は実にい
い、心が洗われるなー。
私たちはこのオンザボーダーを左に見ながら
奥に進み、広いキャンプグラウンドの中にテ
ントを設営した。どこまでも続く広いのどか
な田園風景を眺められるベストポイントだ。
「ビーン......ビーン」と音がする。100メー
ターくらい離れたところに、ラジコン飛行機
の基地があった。
麦わら帽子をかぶった人が小さく見える。ど
うやら空を仰いでリモコンを操っているよう
だ。お日さまから隠れるところがないから、
あのままだと熱中症になるんじゃないか、と
余計な心配をしたのだった。
プログラムは遅れることがなく順調に進行し
ている。ここの舞台は関東一広く、実際に立
つと広いからのびのびとした気分になる。キ
ャリアの浅いバンドには、リラックス出来る
ので助けになるのではと思った。
サウンドPAもよかった。オペレーターもベテ
ランらしく、ピックアップのよさがめだって
いた。是非ご体験をおすすめしたい。

●気持ち込めてウエスト・オブ・ザ・ムーン
今年のステージ上での数々のバンドによるパ
フォーマンスは、間違いなく例年になく充実
していた。金曜日から日曜日まで全部を見た
訳ではないが、フェスのメインとなる土曜日
夜のステージは、覚えているかぎり最高だっ
たといいたい。今年で最後になるというモチ
ベーションによるものなのか知る由もないが、
登場するバンドすべてがよかった。
ザ・ジェントルメンもウワサ通りの出来で、
大きな拍手をもらっていた。あのままで20年
若かったら、日本のブルーグラスも結構な方
面に様変わりしていただろう。
しかし今年のハイライトは、何といっても『
ウエスト・オブ・ザ・ムーン』の出来がよか
ったことだろう。しばらく活動をやめていた
わりには、星のボーカルもウリのコーラスも
よく、バンドのタイミングもバッチリだった。
メンバー全員主催者という構成から、練習不
足は仕方がないだろうと考えて見ていたけど、
落ちついていて、まさに土曜日のトリにふさ
わしかった。その上今年で最後のオオトリの
役目も、長い年月の重さを知っていて、味わ
うように歌える彼らだからこそ果たせたと思
った。実に感動的だった。
●地主からの土地賃料請求書は高かった
ご存知の通り、千葉オールドタイム・ブルー
グラス・フェスティバルは、27回目の今年を
もってジ・エンド、終了した。
主催者の一人でバンジョーマンの片岡邦明に
聞いた。
「私たちがこの場所をお借りしたのは25年前
だった。いまの地主さんのお父さんから貸し
てもらった。そのお父さんとは、私たちも気
を使っていたので関係はとてもよかった。音
楽バカの私たちに好意的だった。月日が過ぎ
て、好意的だったお父さんが亡くなってしま
った。状況が変わったのです。そうこうして
いるうちに、いまの地主さん、つまり相続し
た息子さんからここの土地、フェス会場に使
ってる場所の賃料を請求されました。それは
高額なもので、私たちの常識をはるかに超え
るものだった。それでもお金を集める努力は
したけどかなわず、ここでのフェス継続は不
可能と皆で判断を下しました。もちろん他の
場所を見つけて継続することも考えましたが、
この土地と場所でやってきた千葉フェスこそ、
私たちのできる最高のものだという譲れない
気持ちがあって、他でやることは考えられな
いんです」と残念な気持ちをおさえて静かに
話した。
27年前、千葉港公園で第1回目を開き、3
回目から現在の作倉市神戸に移った。
大変に長いあいだ続けて来られた原動力は、
何といってもブルーグラスとオールドタイム
を少しでも広めたいとする愛情だろう。
私はかつてブルーグラスの雑誌を出していて、
千葉フェスの主催団体『グループ・フロンテ
ィア』との付き合いも深いので知っているが、
この音楽を千葉で広めたいという情熱はメン
バーの誰もが強烈に持っていた。どんな場面
で会っても、だった。
この情熱が、夏冬天候に左右されないで集れ
るクラブハウスを建て、やがてクラブハウス
に接続する形で本場なみのステージも作って
千葉フェスの雰囲気を出した。
片岡のいう「私たちの最高のもの」を追求し
て来た意味は、このあたりにもあるようだ。
ただ、それだけの情熱があれば出直しもある
かもよ、と参加者のうれしい声も聞こえた。

●フォーエヴァー千葉フェス
東京の茂泉次郎がムーンシャイナー誌に、
「フェスに行って、フェスを楽しめる自分が
幸せ。だから、なくなると困る」なんてこと
を書いてあったが、そういう意味では来年か
らお楽しみが一つ減ってしまう。楽しいブル
ーグラス人生もつまらなくなるって寸法だ。
ともかく、まずは主催者に大きな拍手と、感
謝の「ありがとう」を申し上げる。
そしてお疲れさまでした。


          佐々木 仁

第四回お・わ・り 

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